終電に乗り合わせたマーライオン
先日終電で帰宅した時の事である。まばらになった車内で私は空いているにも関わらず座席の端に寄りかかって立っていた。ボーッと車窓から夜景を眺めていたのだ。
するとある駅でスーツを着た若いサラリーマンが崩れ落ちる様に乗車してきた。どうやらかなり酔っている様だ。
足取りもおぼつかないし、つり革に捕まっているのだがフラフラしている。ぶつかったりするのも嫌だったので、移動しようかな~などと悠長に構えていた自分が憎い。
突如、恐ろしい音が車内に響いたのだ。
ゴッポォア!!!
汚い話で大変申し訳ないが、すっごい吐いてた。五臓六腑を全て吐き出さんばかりの勢い。
まさかこの人マーライオンではあるまいな?と思ってしまうくらい立派な吐きっぷりだった。顔も険しかったので心なしか、ライオンっぽく見えてくるから不思議だ。
問題は彼が吐いたマーの方である。ピーチフィズでも呑んだのか、ショッキングピンクの海が禍々しい臭気を伴って車内に拡がっている光景はとてもこの世のものとは思えない。
他の乗客は、我関せずと即座に他の車輌に移っていった。当然の選択である。
私も移動しようと思ったが、どうしても出来ない。こんな状況だったからだ。
一寸先は地獄。人は想像を超える状況に直面すると体が動かなくなるらしい。またさっきまであんなに禍々しく漂っていた臭気も、鼻がぶっ壊れたのかもう何も感じなくなっていた。
マンガとかで死ぬ直前「痛みがないんだ。」みたいな描写を見たりするが、きっとそれに近い状態だったに違いない。
彼は勢いがだいぶ収まったものの床に座り、未だ吐きつづけている。さて、これはどうしたものか。
この地獄に足を踏み入れ彼を救護すべきか。このまま静観し続けていいものなのか。私は悩んだ。
このまま彼に触れれば、私のスーツも間違いなくマーまみれになるだろう。
だが人命には変えられない。急性アルコール中毒で大変な事になってしまうかもしれないのだ。
一旦声を掛けて、反応がなければ彼を救護しよう、さよならスーツ。そう心に決め、彼に問いかけた。
「大丈夫ですか?」
「駅員さん呼びますか?」
すると彼は弱々しくもしっかりとした声でそれに応える。
「大丈夫です。すいません。」
良かった。取り敢えず意識はある様だ。それどころか
「あの靴とか汚しちゃってすみません…」
と私の心配すらしている。これならきっと大丈夫だろう。
しかしここからはかなり気まずい状態が続いた。少しコミュニケーションを取ってしまったばっかりに
この沈黙が結構キツイ。まず私は相変わらずこんな状態だし
それを抜きにしても「じゃあお疲れ!」と他の車輌に移るのもなんとなく忍びなかったからだ。
かと言って、話題もなかなか見つからない。マーまみれになっている初対面の人と一体何を話せばいいのだろうか。私の浅い経験では有効な手立てが見つからなかった。
ふと彼を見ると、何やら思案している風の険しい顔をしていた。ライオンみたいな顔だ。
彼もきっと同じ事を考えているに違いない。そして突如、重い口を開いた。
ゴッポォア!!!
あ、気持ち悪かったのね!!
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ツベルクリン良平(@tube_ryo)
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