骨折りながら、友人カップルの喧嘩を止めに行ったら。
2年くらい前の話。その日私は友人宅に向かうためせっせと道を歩いていた。30分ほど前に友人から
「今彼女と喧嘩していて相談に乗って欲しいから家まで来て」
と喧嘩仲裁の依頼を受けたからである。
友人宅は私の家から20分以上歩かなければいけないので非常に億劫で、また日曜日だったこともあり憂鬱がとどまるところを知らない。
何故日曜日の夕方にわざわざ出向かなければいけないのか。そんな事を思ったが、彼もかなり必死な様子だったので仕方がなかった。
私達が住んでいる地域は車が一台通ったら自転車もすり抜けられないような狭い路地が多く、また常軌を逸するくらい一方通行ばかりのある種ラビリンスみたいな住宅街なので迷いこんでしまう車が頻繁に目撃されている。その日も私の後方にそんな哀れな車が現れた。それが普通の車ならただ驚いただけで済んだのだが、その車が黒塗りフルスモのベンツだったので焦りが募る。
黒塗りフルスモのベンツ=堅気じゃない
という認識が強かったからだ。
さてこれはどうしたものだろうか。路地の側面に張り付いたらギリギリ通れそうだが、前を見ると十字路まであとちょっと。このまま横に移動して車を通してしまうか、少し早足で前方の十字路まで進むか。
私は判断ができなかった。前述の通り焦っていたこともあるがそもそもどちらも良さそうに見えるし、どちらも悪そうに見えるのである。判断力の乏しさがここにきて大いに際立つ。
しかしただ止まっているわけにも行かないので、迷いながら足を一歩踏み出してみると思ったより力が入っていたのだろうか。足首が変な形に曲がり
バキャッ!!
みたいな音がして
「ヘグッ!」
みたいな声が出た。構図としてこんな感じ。
今まで聴いた経験がない種類の音だったので焦りに拍車がかかる。
ちょっとした段差で足を変な方向にぐねったのだろうが、今はそんなことを言っているヒマはない。
何しろ後ろから黒塗りのベンツが品定めの如く滑らかな速度でにじり寄ってきているのである。一瞬、脳裏に東京湾がよぎる。
横はダメそうだから、十字路まで小走りしよう。ピリついて痺れた足にムチを打って十字路へ逃げると、なんとか通り抜けられたようで最敬礼してベンツを見送った。
それからまた歩き出し数分経った頃だろうか。足に妙な違和感を感じて立ち止まる。先ほどまで痺れていたような足首が、急に痛みだし1歩地面を踏みしめる毎に痛みが増すようになったのだ。
なんだろう痛い、すっごく痛い。じんわりとかいうレベルではなく、誰かがくるぶしをピンポイントで殴り続けているような焼けつく痛みだ。
足がどうしても気になった私は、その辺にあった石に腰掛けて見てみることにする。これはどうみても可笑しい、痛すぎるのだ。
固唾を飲みながら靴を脱ぎ、一見して血の気が引いていく感覚を覚える。
目の前には、見慣れたはずの足首の代わりに"青く腫れあがった何か"がひょっこり顔出していたからである。医学的な知識は皆無だがどう好意的に解釈しても骨がイカれているとしか思えない。
全身から力が抜けていく。
日曜の夕方に、痴話喧嘩を止めるためわざわざ20分以上歩いて骨を折る?
明日も仕事なのに?
そんな言葉が頭上を跋扈し、今日ここに来たことを大変後悔した。
だが友人たちの喧嘩を見過ごすのも忍びないので、とにかく友人宅へ向かおう。きっと彼らは私のことを待っているのだ。彼らの喧嘩を仲裁できるのは私しかいないのである。
幸い友人の家はもう目と鼻の先だ。どんどん痛みが増す足を地面に触れさせない様にけんけんしながら進み、崩れ落ちる様に到着した。
友人はこんな私を見てなんていうだろうか。喧嘩の仲裁をお願いした相手がいきなり骨折してきたら驚くかな。
彼女の方はどう思うだろう。私を心配したことをきっかけに仲直りしてくれるだろうか。
走馬灯のように様々な想いが飛び交う。いきなり苦痛な顔をして入ったら驚かしてしまうので笑顔で登場しよう。そう決意し、強引に笑顔を作りながら友人宅の扉を開いたら
仲直りして滅茶苦茶キスしてた。
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