新宿東口で体験した、ささやかな奇跡。
Photo by 呉
新宿で起こった「ささやかな奇跡」の話。
その日私は、打ち合わせをするべく新宿に向かっていた。
今回アポをもらっているお相手の「ツダさん(※本名。本人了承済み)」は、つい最近知人から紹介していただいた方で、直接お会いするのはその日が初めてだった。Facebookでお顔を拝見している程度で、メガネをかけたナイスガイだということしか分からない。
待ち合わせ時間は、平日の夜20時。仕事終わりで打ち合わせるにはもってこいの時間だ。
ところで私は、新宿で待ち合わせをするとき「東口の交番」付近を指定することが多い。交番という目印がすごく分かりやすいからだ。
そういう認識が他の人にも働くからか、待ち合わせスポットとして盛んな様子である。
ーー19時57分、東口の交番に到着。足早に歩いたことで額に滲んだ汗を拭い、一呼吸置いてから周囲を見渡してみる。
すると、一人の男性と目があった。メガネが似合うナイスガイだ。爽やかな色合いのシャツにブラウンのジャケットを羽織って、腰に軽く手を当てた綺麗な姿勢で私の方を見ていたようだ。
ツダさんのFacebookサムネイルは『Facebook』の名を体現するかの如く顔しか写っておらず、私は彼の全体像が掴めていない。
唯一の特徴と言えばメガネなのだが、目の前にいる人もメガネをかけているので判断ができなかった。まさか彼がツダさんなのだろうか。
正直、声をかけるか迷った。別人だったら恥ずかしいからだ。私の脳が急激に回転し、ロジック・ツリーを構築していく。
しかし、よく考えてみれば「場所」と「時間」を指定しているところにそれらしき人が立っていたら、別人の可能性は極めて低いのである。
目の前にいる限りなくツダさんっぽい人物に声をかけて真偽を確かめるべきか、恥を避けるため無視するか。何が是か、何が非か。
私の脳裏にさまざまな思惑が交錯する。これは言わば、自分との戦いなのである。
そこで選択した一手は、強く一歩を踏み出すことだった。目の前のメガネガイに声をかけ、自分との戦いに終止符を打つ。
「すみません、ツダさんですか?」
「そうですけど…」
反応が若干気になるものの、この人はツダさんだった。声をかけて本当によかった。
「本日はお時間ありがとうございます。ツベルクリン良平と申します!」
そう告げるとツダさんは、明らかに怪訝な顔に変わり
「ツベ…?え?どちら様ですか?」
え?
___
その後判明したのだが端的に言えばこの人、完全に別人だった。
偶然「新宿東口」で「20時」に、メガネをかけて立っていた「別のツダさん」だったのだ。
「事実は小説より奇なり」
そんな言葉がこの世にはある。世の中、何が起こるかなんて誰にも分からない。
月並みなフレーズしか出てこないが、私は声を大にしてこう言いたい。なんだこの奇跡。