ほんとうにあった別に怖くない話「雪山の小屋」
入山してからどれくらいの時間が経ったのだろう。無慈悲にも太陽が眠り、一層吹雪が強くなったこの雪山でAは今までにない恐怖を味わっていた。肺すらも凍る極寒の地で彼らは完全に遭難してしまったのだ。
一人の男が怒号のような声をあげる。
C「どうすんだ、このままだと全滅だぞ!!」
A「わかってる!このまま進むと確か民宿があったはずだ。そこで休もう!」
登山経験が豊富なAは過去の記憶を頼りにそう叫んだが、ゴーグルの下に隠れる表情は唸り続ける夜空と同じく晴れそうもない。
季節が故か、神のいたずらか。Aが先導して登ったその山は過去に類を見ないほど吹雪、彼らの行く手を阻んだ。このままでは自分のせいで全滅してしまう。
そんな時、彼らに一筋の光明が差した。何やら建物を発見したのだ。
歓喜に沸く力すら失せていた彼らもホッと一息をつく。ここで朝を待とう。
唯一の女性であるBはペタリと地面に崩れ落ちた、緊張の糸が切れたのだろう。
D「B、大丈夫か?」
B「うん、大丈夫。D君優しいね、ありがとう…」
Dは優しく彼女を起こすと、肩を貸し山小屋へ向かった。
___
C「クソ!ここ廃墟じゃねぇか!!」
怒りに任せて、舌を打つCを見てAは苦悩した。彼らの希望を打ち砕くように廃墟化した山小屋に、やり場のない怒りがこみ上げてくる。
外にいるのが愚かなことは分かっているが、ここには暖を取れるような寝袋や暖房器具は見当たらない。刻一刻と迫る死を静かに待てというのか。
しゃべる気力もない彼らの顔を見れば、もう残された時間が少ないことは手に取るように分かる。だが何も思いつかない。
その時、Dがおもむろに呟いた。
D「良いことを思いついた。この方法なら朝まで寝ないで済むんじゃないか?」
Dの提案はこうだ。隅に座り、1人目は眠らず待機して一定の時間が経ったら2人目を起こす。
起こした1人目はその場で休み、起こされた2人目も同様に一定の時間が経ったら3人目を…
これを繰り返していくのである。こうすることで起きている人間は次の人間を起こさなければならない使命感と緊張感が眠りを妨げ、また少しずつ休むことで全員の体力を回復出来るという狙いだ。彼らが選べる選択はもはやこれしかなかった。切迫したこの状況でこれ以上の策など見つかりやしない。
A「…それでいこう、絶対生き残るぞ」
「おうっ」
Aに呼応する皆の力ない声が屋内に響いた。
まずは皆、隅に座る。発案者であるDが1人目。Dはある程度時間が経ったところで寝ているCに声をかけた。
「生きているか、C?」
Cは浮かない返事をすると重たげな体を引きずりながら、しばらく待ちAのところへ。Aもまた、かつて無いほど疲弊した体を動かしてBの元へ、これを繰り返すのだ。
しかし、Bを起こした瞬間何かを悟ったAが突然叫んだ。
A「おい!皆起きてくれ!」
眠い目を擦り「どうしたんだ?」と様子を窺う彼らだったが、Aの発言で驚愕することになる。
あなたはもうお気づきだろうか。
そう。4人でこの方法を実践するのは絶対に不可能なのだ。
4人では一周した時点で終わってしまうのである。これに気付いたAはこの事実を冷静に淡々と皆に告げる。
でも彼らは影の薄いEを含めて、5人いるので特に問題なく過ごし無事救助された。
結局最後まであまりカッコよくなかったAはBにフラれ、Bは優しかったDと幸せな家庭を築いたとさ。