エレベーターで体験した地獄のような沈黙。
先日、とある商業施設をフラフラしていたときのこと。
エレベーターへ乗り込み、奥の壁に寄りかかってボーっとしていると、後からおばあちゃんとその孫らしき子どもが手を繋いで乗り込んできた。
どうやらとても仲が良いようで、お互い笑顔でなにやら会話をしている。とても微笑ましい光景であるものの、幼い頃の自分もあんな感じだったんだろうか。と少し感傷に浸ったものだ。
ところでこのエレベーターはバリアフリーを意識しているのか、扉の閉まりが遅い。
普段の私ならさっと「閉」ボタンを押して、上階に向かうものだがその日は特に何もなかったので、微笑ましい二人の背中を見ながら扉が閉まるのを待っていた。
そんな時である。エレベーターに向かって
「ちょっと待ってください!!!」
と声を上げながら、どこかの店員さんらしきお姉さんが飛び乗ってきたのは。目の前のおばあちゃん、孫、そして私に動揺が走った。いきなりの大きな声でビックリしたのだ。
お姉さんに悪気はない。なぜなら彼女は、忘れ物をした二人のために走って追いかけてきたのだから。
だが、問題はここからだった。エレベーターの扉が閉まってしまったのである。お姉さんの
「あっ」
という小さな声がエレベーター内に響いた。
ここは私が気を利かせて「開」ボタンを押すべきだったが、突然の大きな声に動揺していたので微動だにできなかった。
「It's going up!」そんな無機質な声を伴って、鉄の箱が唸るような音を上げ、力強く動き出す。その反面、室内は恐ろしいほどの静寂を保っていた。
店員さんは、忘れ物を渡すという責務を全うしたからか、何も話すことがないのだろう。また現状最年長であるところのおばあちゃんも、会話をするつもりはないらしい。
こういう時に、無邪気な子どもの存在が真価を発揮するものだが、存外空気の読めるお子様だったようで彼も完全に沈黙している。もちろん私は他人なので、咳払いくらいしかできない。
沈黙に次ぐ、沈黙。このエレベーターが60階への直通だったことが更に自体を悪化させた。なんだこれ、気まずい。
20、21、22階…エレベーターは少しずつ上昇するが気圧が高まったことによる作用なのか、耳鳴りすらしてくるほどの静寂が私たちを包み込む。
33、34、35階…このエレベーターは数分で60階に到達する超高性能なものだが、この数分が永遠のように長い。今やおとなも、こどもも、おねえさんも全員が謎の咳払いを繰り返していた。
あらゆる社会的な機能が集約するこの東京は、昼夜問わず喧騒が続き「眠らない街」と揶揄されることも少なくない。そんなご時世に於いて、ここまで無音の状況を体験すると誰が想像できる。気まずい、気まず過ぎる。
だが40階を半分ほど過ぎた頃だっただろうか、このあんまりな状況に耐えかねたお姉さんが勇気を振り絞った声でおばあちゃんに話しかけた。
「お孫さん可愛いですね。」
「いえ、あの、子どもです。。」
残りの数十秒は、正に地獄絵図だった。
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