少女と私の「はじめてのおつかい」
私が大学生の頃、一人暮らしを始めた時の話である。休日に予定もなくヒマだったので散歩をしようと外に出てみた。まだ引っ越したばかりだったので、周りのお店を散策しようと思っていたのだ。
しばらく歩いていると目の前で小さな女の子が泣いているではないか。
どうやらお母さんとはぐれてしまったらしい。日本の治安は良いと思っているが、物騒な事もあるので声をかけてみる。歳の頃は小学校低学年くらいか。目鼻立ちが整った賢そうな子だ。
恐らく彼女も知らない大人が話かけてきて怖かったのだろう、泣き声が倍増した。
これはまずい。下手したら「変質者発生の事案」だ。そんな事を考えると変な汗が出た。
ここから離れるべきか、変質者扱いされても良いからこの子を助けるべきか、究極の選択である。
でもやっぱり放っておく事は出来ないので助ける事にした。さっきからこの子はかなり泣いているが、私も同じくらい泣きそうだ。
そんなこんなでちょっとその辺にあった石とかをプレゼントしてたら泣き止んでくれたので状況は好転。
よし、ここからは本格的にお母さん探索を開始しよう。
だが彼女に聞いてみても、母親がどっちに行ったのかすら分からない状況だった。
ここで考えられる選択肢は2つ
・自宅を聞き、そこまで連れて行く
・交番に行く
その瞬間に思いついたのはこれくらいだった。取り敢えずコミュニケーションが大事なので彼女に話かけてみる。
お家どの辺か分かる?
「分かんない」
お家の電話番号分かる?
「分からない」
名前は?
「・・・・・・」
そ、そうだよね。知らん人にペラペラ喋れないよな。きっと賢い子なんだろう。しかしどうする、自宅への送り届けはあっと言う間に暗礁に乗り上げたのだ。
家が分からない以上、次は交番に届けて判断を仰ぐしかない。もしかしたらお母さんも交番に行っている可能性がある。
そう思って彼女を連れ、歩き出したが簡単に言えば道に迷った。もう信じられないくらいの迷い具合。
交番なんてこの世に存在しないんじゃないか。
元来、方向音痴な私だがここは引っ越してきたばかりの言わばアウェイだ。方向音痴にとって考えられ得る最悪のシチュエーション。「何となくあの辺にあったかもしれないっぽい」みたいに目星をつけていたが、アテは尽く外れていた。
秋口だったのでもう周りも薄暗くなっている、このままではこの子も心細いだろう。
何かちょっと気の利いた小学生向け爆笑ギャグでも言って場を和まそうかなと思った瞬間、意外な返答が返ってきた。
「おにいちゃん、大丈夫?」
「元気だして!」
なんか励まされた。
実はちょっと前から薄々感じていたのだが、あるタイミングから彼女の対応が目に見えて変わってきていた。恐らくあわくっている私を見て、「コイツは下等民族」と思ったのだろう。
ここからの主従関係は明確だった。さながらおてんばなお姫様と、それに仕えるゴミ。階級制度はいつの時代も残酷なのだ。
それから更に20分くらい後には、もうなんかただのお姉さんみたいになっていた。
「大丈夫!泣かないで。」
「もうすぐ着くから、大丈夫だから」
端から見たらもう完全にお姉ちゃんと弟の「はじめてのおつかい」
BGMはこれを掛けるとしっくり来ると思う。
その後頼りになるお姉ちゃんと、主に自分への情けなさから半べそな私はなんとか彼女の家まで着くことが出来た。
彼女とご両親の感動的な再会。お母さんも心配してやはり交番に行っていたらしい。この時以上に自分の方向音痴を呪った事はない。でも怪我もなく無事家に着けて良かった。私の自尊心はズタボロだったが別にそんなのもうどうでも良い。
少女とご両親の喜んだ顔が今も私の脳裏に焼き付いている。こういう笑顔が人を幸せな気持ちにするんだ。
あれから幾年月、あの少女ももう立派な女性になっているだろう。
きっと私の事など覚えていないだろうが元気にやっていてくれたら嬉しいな。
ちなみに少女を送った帰りにまた迷子になって、おまわりさんに家まで送って貰ったのは内緒だ。