年末にカニを殺めまくった話
昨年の年末、家庭の事情で副業を余儀なくされた私はバイト先を探していた。
そんな時目についたのだが、いわゆる「短期バイト」繁忙期の増員募集らしい。
業務内容は「軽作業」「誰でも出来るカンタンなお仕事です」とある。
具体的な内容は書かれていなかったが、3日間勤務で35,000円と相場より高かったのですぐさま応募をしてみた。
まぁ軽作業と言っても、実際は結構大変だったりするが最近体が鈍ってきていたのでダイエットがてらにはいいだろう。そんな風に考えていた自分が憎い。
勤務先へ向かうと、何やら遠くに大きな「カニ」のオブジェが見えた。
まだ100mほど手前だがなんか生臭い気もする。まず間違いなくカニに関する仕事だろう。
ここだけの話、私はカニの見た目が苦手なので、横歩きで逃げ出してしまいそうだったが
生きる為だと戒め、お伺いする。手は心なしかチョキに勝つ、グーになっていた。
「お、おはようございます!」そう元気に挨拶をする。第一印象が肝心だからだ。たった3日ではあるが人間関係が良好な事に越したことはない。
すると奥から担当者の「タカハシさん」が顔を出した。
一瞬タカアシかと思ったが、タカハシだった。常にこんな顔している。怖い。
恐る恐る、自分が来た旨を伝えると怖い顔で私を案内してくれた。
事務所に向かう道中も特にこれと言った会話もなく、たまに「そこ、段差あるから気をつけて」とか優しさを見せてくれるのだが顔は怖いままだった。私の手はグーだった。
事務所に着くと休む暇なく、業務内容が説明される。簡単に言えば「カニの息の根を止める」仕事らしい。これ付けてと作業着と、厚手の手袋を渡された。
すぐに着替え作業場に移動。タカハシさんは相変わらず怖い顔でじゃあコレ。と大きな容器を持ってきた。カニが数十匹入っている。
「手袋は絶対に外すな、カニが入ってくるぞ。ヘタしたら指ちぎられる事もあるからな」
とんでもない所に来てしまった。しかしここまで来て帰るわけにもいかないので業務を開始することにする。
どうやらこのうごめくカニを淡水に着け、絶命させるらしい。仕事自体は確かに簡単だ。しかし苦しみ絶命していくカニを見続けるのは精神的に結構ヤバイ。最後の一匹を水につけ、息の根を止める。
おわった。泣きそうな顔でふと横をみるとタカハシさんが怖い顔をして次の容器を持っていた。私のグーはまだ解けない。
それからの8時間は
を繰り返す地獄のルーティンワーク。 8時間ってこんなに長いんだと再確認した。
そして、3日後。
こうして激闘の3日間は終わりを告げた。もう当分カニは見たくない。
そんな中、タカハシさんが声をかけてきた。なんと缶コーヒーを持って見送りにきてくれたのだ。
「ご苦労さん、よく頑張ったな」
そう言いながら、初めて優しい笑顔を見せるタカハシさん。私の手は気付けばパーになっていた。
「機会があったらまた来てくれよ!」
はいっ!と元気に返事をして帰路に着く。
確かにかなり辛かったけど、こんなのも良い経験かな。
そんな事を一瞬思ったがその日の夜、迫り来る大量のカニに土下座する悪夢を見てもう二度とやらないと改めて決意した。
ふと手を見ると、パーでもグーでもなく自然とチョキになっている。